rapt,drowsy -Inn-

Innが「音」に想う事、続き。

2010年05月30日 (日) 11:42 |


歌詞の無い、空気の様な音。天気の様な音。生活の様な音。僕は少し勘違い
をしていました。

BGMの要素が高い音楽。アンビエント、音響、クラシック。こういった
音楽を友人に説明する時に必ずと言っていい程「音楽と対峙しなくとも良い
音。聴き流せる音。」と説明していました。歌詞があれば聴き込んでしまう
し、歌詞が無くても音数が多いと、一音一音を感覚で追ってしまう。常に
音楽と正面を向き合っている感じがしていた。もちろん僕の主観ですが。

だけど、楽曲の雰囲気に好みがある。対峙はしていないが好きな部分は覚え
ているし、やっぱりちゃんと聴いている。でも、聴き流している。思えば、
作業中、考え事をしている時、誰かと話しをしている時。楽曲を聴いている
時は、集中の割合が音よりその他に向いている事が多い。楽曲を聴いている
からその他に集中出来る?「集中している」に限って話すならば、音を聴く
事で「自分自身」と対峙しているのかもしれない。と思った。

音を聴く事で想う事、感じる事、この深い集中の先に聴こえてくる音は、
自分自身の声なのかもしれない。「自分をいかして生きる」の著者である
西村佳哲さんは、コミュニケーションを図案化する上で、自分と他者の関係
と同時に自分と「自分自身」のコミュニケーションもあるのではないかと
書いていた。これはとても衝撃で、常に心の片隅にあったモヤモヤとした
ものに灯りをともしてくれた。

自分自身とのコミュニケーション。人生で一番貴重な時間とも言えるだろ
う。いや、人生は常に貴重な時間で満ちていて、とても幸せなんだと言う
事を音達が再確認させてくれるのだろう。

楽曲の1音目でスッと目を閉じしまうことがある。これが自分自身との
会話の始まりなのかもしれない。

先日、cafe haven't we met.という素敵なカフェにてお茶をしながら、
ふとそう感じました。そしたら、何だかとてもスッキリして。オーナー
の佐藤さんと長話。とても嬉しい言葉。今度、身近な音を交換しようとい
うことになりました。何を持って行こうかな。とても嬉しい出来事でした。
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